平澤重信 個展

時の堆積

2026年2月6日(金)-2月15日(日)

11:30~19:00(日曜日、最終日は17:00まで)

会場:8F 枝香庵

平澤重信個展によせて


 以前務めていた平塚市美術館には、平澤重信さんの作品が3点所蔵されている。どれも自由美術展に出品したものだ。「時の待ち合わせ場所」(2004年)、「時の間」(2005年)、「時の苑」(2007年)の3点。淡いブルーあるいはセピアを背景に、さまざまなモチーフが描き込まれている。その多くが犬や猫、自転車に乗るひと、小さな家等々。どれも平澤作品に繰り返し登場する常連のモチーフである。各モチーフは脈絡なく配置され、現実の束縛から解放された浮遊感を持つ。この脈絡の無さと浮遊感が、見る者の心の奥底に働きかけ揺り動かす。夢で見たような既視感が生まれ、白日夢のような不思議なリアリティーが生じるのである。それは普段忘れている、遠い記憶に繋がるものだ。忘却の淵に留まる、眠っていた記憶が呼び覚まされる。この不思議な既視感、リアリティーを孕むことで、平澤さんの作品世界は、単なるファンタジーと一線を画す。見る者に切ない郷愁の念を呼び覚まし、戻れぬ過去へと思いは馳せる。記憶のスクリーンが次々とめくられ、時空を超えて過去と現在の往還がうまれる。
 さてこの3点、美術館の常設展で来館者にとても人気がある。特に子供たちに大人気だ。平塚市美術館では、対話型鑑賞講座を実施している。これは、ニューヨーク近代美術館で始められた教育プログラムが基礎となっている。教育普及活動の一環だが、従来のように美術史の知識を教えることが目的では無い。美術の専門的な知識は不要で、作品から感じたこと、考えたことを話し合う。互いの意見を聞くことを通じて、多様な視点や新たな発見を得ることが目的となる。主に小学生を対象とする場合が多い。美術作品が本来持つ、ひとの心に働きかけ、想像力を喚起する力に着目したものである。児童に好きな作品を選んでもらい、「この絵のなかで何が起こっているのだろう」という問いかけで始まる。このプログラムで、平澤さんの作品を選ぶ児童たちが多いのである。各自、絵のなかに入り込み、それぞれの物語を紡ぐ。思いもよらぬ自由な発想が展開し、聞いている側も新たな気づきが多くある。面白いことにその多くは、過去に遡及するものではなく、これからの物語、未来に向かって物語が展開していく。年代の違いにもよろうが、平澤さんの作品は、過去と現在ばかりか、未来をも繋ぐものなのである。 
 今年見た自由美術展の出品作は、かたちを結ばぬイメージが厚く重層したものであった。これは近年顕著な作風である。形を結ばぬ混沌としたイメージの堆積は、昏く重い気配が漂う。意識下に拡がる深い闇を想像させる。同時に、その昏くて深い画面を見詰めていると、現実を通り越した世界を感じさせる。目に見えぬ気配が濃厚なのだ。それは不可視の世界を予感させる。
 時を往還する絵画は、此岸と彼岸を往還する絵画へと変貌しつつあるのだろうか。


川崎市岡本太郎美術館館長
武蔵野美術大学客員教授
土方明司

平澤重信