平澤重信個展

縹色(はなだいろ)の風景

2018年2月24日(土)-3月5日(月)

11:30~19:00(日曜日、最終日は17:00まで)

会場:8F 枝香庵

梯子のある風景平澤重信2017油彩S25

待ちましょう平澤重信2016油彩S3

通り過ぎる風景平澤重信2017油彩P15

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覚醒された絵画の魔力

 平澤重信の絵画が、見るたびに不可思議な戦慄を誘ってやまないのはなぜだろう。そのような感慨に導かれたのは、『縹色(はなだいろ)の風景』と題した彼の新作群を目にしたからにほかならない。「縹色」とは薄い藍色系の青を指し、平澤自身はそれを、「透明感のある青」とも呼んでいる。レオナルド・ダ・ヴィンチが「青」を「遠ざかり」の色と評したのは、つとに知られた話だが、以来、「青」は日常現実から不断に遠ざかる色、言い換えれば、非日常的な幻想性を含意する色とも見なされてきた。今回の新作群において「縹色」を基調とした平澤の選択が、そうした歴史的事情を踏まえたか否かはさて置き、画家が用いた「青」が、画面の喚起力を一段と増幅させたのは疑う余地もない事実といってよい。
 ためしに『通り過ぎる風景』と題した出品作を見てみよう。画面の大半は鬱蒼たる植生を思わせる暗青色の色塊に覆われ、上部の一角だけが明るい白光を湛えた空の趣を呈している。それだけの簡潔きわまる構成にもかかわらず、訴えかけてくる表現は雄弁なことこの上ない。画家は画面を覆い尽くす植生を増殖する自然の粋とみなし、その増殖ぶりを時間の像とも重ね合わせながら、スリリングこの上ない視覚劇を成就させている。<図>と<地>、<像>と<空間>との関係に目を向ければ、平澤の新作群において、両者の関係が少しも齟齬をきたしいていないことが確かめられるはずである。そうした<図>と<地>、<像>と<空間>の共振的な呼応関係が自覚的に維持されているからこそ、どんなに静穏に見える画面においても、つねに有機的な生成の脈動が途絶えるためしがないのだろう。
 さらにもう一点、『交差する風景』を挙げてみる。ここでは遠景に、おぼろげながら構造物めいた形象が幾つか認められる。対して手前には広場か荒野らしき空間が茫漠と広がり、そこに揺らめくような線形群が浮かび上がっている。おそらくここで画家を高揚させたのは、水平方向の視覚がとらえた<彼方>と、垂直方向に見下ろした<手前>という二つの空間を矛盾なく一体化させ、新たな知覚の祝祭劇をつむぎ出す絵画という器の魔術的ともいうべき力能ではなかったろうか。誠実に、かつ愚直に、表現の地平を切り拓いてきた比類なき絵画の使徒・平澤。彼の手に成る渾身の新作展『縹色の風景』は、決していかなる視線の期待も裏切ることはないはずである。

美術ジャーナリスト・三田晴夫

平澤重信